コロナの哲学1:共存するウィルスか?

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コロナの哲学1:共存するウィルスか?

哲学が大切

最近の日本はですね、哲学を失いました。

これはずっと日本が哲学を失っているわけじゃなくて、江戸時代は江戸時代、明治時代は明治時代の哲学がありました。

それの、典型的なものを一つ挙げればですね、第一次世界大戦が終わった後のパリの講和条約で、戦勝国として参加した日本が、諸外国の反対があるにも関わらず、人種差別撤廃条約というのを主張してかなり頑張ったと。

現在の日本なら、白人の中で自分だけが人種差別撤廃を主張するなんていう事は、今の日本にはできないと思うんですね。

何でも欧米に従え。欧米のやってる事は正しいんだ。そういうような思想でですね。

しかも、自分達もう考えるのをやめると、この考えるのをやめるっていうのは、まず一つは、小学校からの教育で、正しいと決まった答えを書いた人が良いという教育をずっと受けるという事ですね。

やっぱり、教育の基本は自分でこれについてどう考えるか、というのがまず第一で、その後、正解を教えてもらっても良いし、教えてもらえなくても良いという感じなんですけどね。

それが逆になっております。

それから、私は、NHKの過去の番組なんかで良いものいっぱいあるんですが、NHKが一番良くないのは、これが一番正しいんだ、NHKが言った事が正しいんだ、っていう事で放送する事ですね。

地球温暖化が非常に騒がれていた頃は、2時間に一遍くらい「今では間に合わない」っていうサブリミナルっていうんですかね、短いステートメントを出しておりました。

あれこそが、国民をある方向に洗脳するって事なんで、民主主義とは全く相容れない行動ですので、まだ今でもNHKは「今日は気温が高いから熱中症にならないように気をつけて下さい。」ここまではまだ良いというか、ギリギリなんですが、「お願いします」というという、視聴者にですね。

NHKがなぜ国民の健康をお願いしないといけないのか。

これが、日本の衰退の一番の原因だと私は考えているんですよ。

コロナについてもですね、哲学が非常に不足しているわけですね。

やっぱり考え方というのが一番大切で、使用人とか子供とかそういう人達は、主人が言った事とか親の言った事をそのまま従う、という事が第一になるんですが、民主主義では一人ひとりの国民が主人ですから、何といったって哲学が必要になるわけですね。

言われた通りじゃダメなわけです。

コロナについては、本当にそれがよく出ましたね。

日本と欧米とを比べますと、コロナの感染なり死亡者なり、100倍以上も違うわけですよ。

ですから、当然、欧米における対策と、日本における対策が大きく違わなければいけないのに。

これは僕の事を言ってたんで、誰かが教えてくれて僕が見たんですけど、一回ネットで僕に若い人が「武田邦彦は英語がわかんねえから。ヨーロッパが都市封鎖してるのに何やってんだ。」っていう論旨だったんですけど。

僕は教育の失敗を強く感じましたね。

で、このシリーズではやはり、私は虎ノ門ニュースでもコロナの事は今度やらなかったんですが、コロナの哲学だけはブログでは欠かせないと思いまして、今日から少しシリーズでお話をしたいと思います。

ウイルスと共存するという思想を捨てるのか?

今まで、ウイルスと人間は基本的には共存してきました。

人間の身体、例えば私の身体というのは、私自身の遺伝子が半分、それから腸内細菌とか皮膚にいるダニとか、シラミとか、そういったものの遺伝子が半分で、人間は、人間ばかりじゃないんですが、共生しながら生きていってる動物なんですね。

ですから、当然身体の中にウイルスもいるわけで、典型的には、ヘルペスウイルスなんかも神経に必ず存在すると言われているわけですね。

ですから、ウイルスによって人間の進化ももたらされてるし、色んな事がもたらされてるわけです。

人間は人間だけで生きていけるわけじゃなくて、半分は、他の動植物と共存しているわけですね。

もっと広く言えば、稲、お米も人間との共存関係にあるんですね。

ちょっと身体が離れておりますし、植物ですのでちょっと共存しているように見えませんが、稲は人間に米粒を残さなければ倍ぐらいの命を持っているのに、人間と共存関係にあるからこそ、稲は9月~10月には自分自身は死んで、そして米粒を人間に残してくれる。

その代わり人間は、稲を苗床からきちっと作って、感謝して食事をするという関係になっておりまして、そういう間接的な共存関係も合わせますと、人間は、まさに共存の中に人生を送っているという事が言えるわけですね。

そうなりますと、ウイルスと共存するという思想を捨てるのか、という事になります。

今までウイルスの中で共存しているウイルスと、共存を否定しているウイルスがあるんですね。

で、共存しているウイルスで最も一般的なのが、今度のコロナウイルスとの関係では、インフルエンザウイルス、それから普通の土着コロナというんですが、毎年流行する冬の風邪、コロナウイルスとかライノウイルスとかいうんですが、まあ、そういった風邪のウイルスですね。

風邪のウイルスについては、人間は今まで共存する事にしております。

例えば、インフルエンザウイルスがその典型的なんですが、感染者が1千万人いる、死亡者が1万2千人いる。

大変な流行ですよね。それが毎年。

しかし、インフルエンザワクチンの接種には批判的なんですよね、多くの人が。

まあ、あまり効かないとも私も思うんですけど、そういう感じなんですね。

それで、共存していこうと。

それで、冬の風邪のコロナウイルスとかライノウイルスなんかも入れますと、大体、お医者さんに掛かる人が約2千万人。お医者さんに掛からない人が、論文とかに書いてある事によって違うわけで、推定しかできないんで、まあ、大体同じくらいという事になっておりまして、国民では大体4千万人がインフルエンザウイルスか、通常のコロナウイルスみたいなものに感染するという風に考えられております。

という事は、国民の3人に1人、3年に一遍くらい、冬になると風を引いたり。
あるいは、6年か9年毎にインフルエンザに罹ったりという事を言ってるんで、これも大体、生活実感に合いますね。

で、インフルエンザについては、1千万人感染してるのに、感染症にも指定されない。一般の医者でインフルエンザの治療をするという事になっておりますね。もちろん、風邪はそうですね。

インフルエンザ、コロナは共存、狂犬病はダメ

しかし、注意しなければならないウイルスですね、これは共存できないなってウイルスの典型的なものが、最近のものでは狂犬病でしょうね。

狂犬病はですね、日本ではもうほとんどありません。ほとんどないというか、日本に感染している人というのは、ここのところ外国旅行でフィリピンだとか、そういう所で犬に噛まれて感染して日本に帰ってきた人を除けばゼロであります。

しかし、世界では狂犬病のウイルスで死ぬ人は、年間に約5万人ですね。

5万人もいるの!?って僕にびっくりした人がいますが、5万人です。

だから、ウイルスというのは、もちろん今度のコロナウイルスもそうですが、国によって大きく違いますからね。

日本に狂犬病ウイルスが全然いないのに、もの凄くビクビクして外に出ちゃいけないとか、犬はもう全部仕舞っておかなきゃいけないとか、そういう風な意見は出ないはずなんですよ。

今度、新型コロナウイルスでヨーロッパの例を見て、日本の対策を決めようとした人がいっぱいいるんですけども。それから、テレビもせっかく日本の感染者が少ないのに、ヨーロッパの例をどんどん映して、あたかも日本もそうなるような事を言った人もいるんですね。

狂犬病は、だから共存できないウイルスなんです。それから天然痘が一番そういう典型でですね、もう世界に一匹もいませんが、天然痘もちょっと激しすぎるわけですね。

ですから、我々はウイルスとの共存のときに、非常に症状が厳しければ共存できない。
それが、狂犬病だったり天然痘だったりする。

しかし、その他にウイルスっていっぱいあるわけですね。

麻疹とかですね、ものすごく多いんですが、それはまあ半分共存してるんですね。

ワクチンを打つぐらいはすると、少し危険を冒してワクチンを打つぐらいすると。

インフルエンザとか、当然冬の風邪なんていうのはですね、ほとんどワクチンは打たないという事なんですね。

自分の免疫でやると。普通、例えば風邪ですと「私は風邪を引かない、免疫を持ってるから。」というような感じで抑えていくという感じなんですね。

新型コロナはウイルスとして特別か?

それで、この新型コロナっていうのが、今度、日本国にとって特別なウイルスか。

つまり、狂犬病とか天然痘に類するようなウイルスなら、まず撲滅していかなきゃいけない。

それから、中途半端ですね、麻疹みたいなウイルスは、ちゃんとしたワクチンで抑えていかなきゃいけない。

それから、インフルエンザとかコロナウイルスみたいなものであれば、免疫で自然に抑えていく方法がいい、というのが従来のやり方なんですね。

私はもう何回もそれに類似した事は言ってます。コロナの哲学としては言っておりませんが、
インフルエンザの感染者が1千万人、死亡者が1万2千人。
それから肺炎、付随して起こる肺炎の死亡者が1年に10万人。

こういう状態の中で、今回のコロナは、感染者というのは普通言わないんですけど、患者なんですけど、患者が約1万人、死亡者は統計がちょっと怪しいんで、私が独自にやると大体600人~800人ぐらい。

従って、通常の哲学的考え方であれば、新型コロナもインフルエンザとか、通常の風邪のコロナと同じように、通常の病院で治療して、どこで感染したとか、ホストクラブがどうのこうのと保健所が一生懸命やるんじゃなくて、共存系で今後新型コロナウイルスと付き合っていく、という事がまず仮に決めていかないといけないと思うんですね。

もちろん、新型コロナウイルスがさらに強力になるっていう事もあり得ますから、そうなったら、そのウイルスが、狂犬病クラスの取り扱いをするウイルスなのか、麻疹クラスの対応をするのか、それともインフルエンザ並の対応をするのかっていう事を、その基礎のところをしっかりと議論をして、哲学的思想を決めてかからないと、やたらと怯えてやるとか、社会的に自粛警察みたいになってしまったり、それから、ある会社でコロナウイルスを一人出すとその会社はもう潰れるばかりになるから、もう絶対にといってビリビリしている状態になって、みんなで無意味なマスクをするとかそういう事になりますのでね。

やっぱり物事というのは、哲学をしっかりと決める。

まず、政府が一番やるべき事は、今度のウイルスをどこに位置付けるかという事ですね。

マスコミも一番議論しなきゃなんないのは、その事だと私は思います。

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