ヒバリ12:小金と誠

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ヒバリ12:小金と誠

最初の渡航

ゆったりした日本のお盆を過ごしまして、今日の朝は日本の兵士に思いを致しましたが。

私が最初に渡航、つまりアメリカに行ったんですが、ボストンでしたけども、行った時に私は本当にびっくりしたのが、日本というのはこんなに素晴らしい国だったのか、と思いました。

アメリカではボストンというのは非常に良い都市でですね、学園都市で確か大学が36でしたか、非常に多くて、街も古い感じの良い街でした。

しかし、日本に比べたら全然街としての体裁を成しておりませんでした。

最も、印象に深かったのは行きはニューヨークから、帰りはワシントンから帰ったんですが、全体として極めて危険な、自分勝手な、自分だけの国だなと思って帰りました。

川の渡し、宿の女中

日本の江戸時代ぐらいの話ですね、中国の川を渡ろうとすると渡し船がある。そこでは必ず今の値段で10円で渡すんであれば、船頭は外国人と見れば「50円」と言うと。

日本だけだと。相手が外人でも他国の人でもどの人でも10円というのは日本だけだという話を聞いた事があります。

また、イザベラ・バードだったと思いますが、旅の記録に日本の東北の方に旅行なさったわけですが、ある所で非常に親切な女中さんがおられて、とても助かったので、その宿を出かけに女中さんに包んで、金子を渡そうとしたら「いや私は自分のやるべき事をやったんで、決してそういうお金は頂きません」と言ったと。

これにも、イザベラ・バードは本当にビックリしております。

ハリスだったか、大使か公使の方ですが、アメリカかイギリスですね。

日本に来て、しばらく経って「日本に来てみると、日本の文化の素晴らしさが分かる。私達の文化をこの国に持ち込んで、むしろこの国の人が不幸になるのではないか。」という感想を述べているものを読んだ事があります。

日本人の幸福は誠にあった

こういった日本人の幸福というのは、大きく見れば国の体制としてみれば、先程から私が書いたりしてるように、天皇陛下というお一人の支配層とは言えないんですが、国民の象徴がおられて、それで貴族とか支配階級ではなかった。

日本列島は日本人のものであったという、世界でも稀な素晴らしい形を作った。

そして、神様は誰が神様とかあれが神様とかいうケチくさいことはせずに、自然が神である、祖先が神である、という自分達を作ったもの、この地上に私達を送り出してくれたものを神といって崇めた。

お釈迦様でもイエス・キリストでも、別にそんな事はこだわらないという宗教を作った。

みんなお天道様の下で嘘をつかない。お天道様というのは自然の一つの象徴だった。

それから、男性と女性を比較しない。どっちが得をするとか損をするとか、どっちが上だとか下だとか、そんなケチ臭い話は絶対しない。

女性は女性の能力をフルに生かして幸福な人生を送って欲しいし、男はどちらかと言ったら、女性の為に死ぬというようなスタイルでいくんだという事もはっきりしておりました。

そういう中で、日本人は外に攻めるわけでもなく、まあそういう事を言うと、ちょっと僻んでる人とか細かい事が気になる方がおられて「豊臣秀吉の時に朝鮮に行ったじゃないか」とかまあそういう事もあるんですが、それは世界全体の歴史を見れば、日本は外に全く行かなかった、外を攻めるという事はしなかった。

まさに、硫黄島で戦死された少将の方の言われた通り、日本は日本国の中で一生懸命生きてきたんだという事であります。

全体的にはそうなんですが、個人、日本人個人というのはどうだったか。

やっぱりその中心は、”誠””礼”、人に対する”恩”、もちろんその他にも徳目はいくらでもあるんですが、”誠”、本当に誠を貫く、川の渡しもそうですし、10円なら10円と言うと。宿の女中もそうですがするべき事をしたのにプラスαのお金は頂かない。

もちろん、礼儀というのは非常に正しかったですね。丁寧にお辞儀をする。

最近はJRがですね、日本人のそういう徳目を取り払いたいと思ってるんでしょうね。がめつく争うものを日本人にしたいと思ってるんでしょう。

JRの改札口でどっちからでも入れる改札口というのを発明されたので、時々私が入ろうとしてちょっと譲ると向こうからバッと切符を今だったらスマホをパッと置いて、ニヤっと笑って通り抜けて行くというのも現れましたね。

礼儀を取る方向にJRは懸命なように思います。

恩という言葉は英語にはないんですよ。”契約”というのはあるんですけど、恩というのはないんですね。

誠、礼儀、恩なんていうのが、多分、日本を幸せにしてきたものじゃないかと思うんですね。

何故かというと、日本は法律が要らないんですよ。

それは誠が通じ、礼儀が正しく、恩を感じるような人達の集まりにですね、法律なんか要らないんですね。

私も大学の時に色々企業から研究の委託を頂きました。

必ず、研究委託契約書というのがあるんですけど、読みもしません。

それはそうなんですよ。日本人は契約書に基づいて仕事をした事ないんですよ。

私が大学の時に企業から研究を依頼されたら、誠心誠意その研究を頑張るんですよ。

契約に違反したからとかそんなのもう全然関係ないんです。

今でも私が講演を引き受けると、契約書が送られてくる事があるんですよ。

どちらから、例えば契約を解除したらどのくらい半分払うとか、何か書いてあるやつがあるんですね。

僕は、そういう契約を結ばなきゃなんなかったら私に講演を頼まないでくれって言うんですね。

だって、講演というのは人の魂に触れる事を講演するんですから。その時に契約に基づいて講演なんかしたって何になるんですか、という事なんですね。

それは僕も、少しの風邪やら何だったら押しても行きますよ。ただもう立ち上がれなかったら仕方ない。立ち上がれなかったら仕方ない人間に、契約を違反したから講演料を払えっていうのは一体何だと。

そちらもそうして下さいと。今度はコロナで随分講演のキャンセルありましたが、みなさんがビクビクして、先生どのくらいの違約金がいるんですか?って、もちろん要りませんよ(笑)

だって、向こうの責任じゃないんですからね。

それが日本人のやり方なんですよね。

で、例えばおじさんが「ちょっとお前あの会社に行かないか」と言って会社の人に会った、そしたら「ウチで働いて下さい」と言うと、契約なんか全然関係ない。

勤めた人はそのおじさんの為にも、向こうの社長の為にも一生懸命働き、おじさんも社長も信用して仕事をしてもらうというのが日本なんですね。

ですから、契約書はほとんど要らない。法律も何も知らなくて良い。裁判も極めて少ない。

いや、日本が非常に良かったのは、日本でもアメリカ型の訴訟社会を作ろうっていう悪いやつがいて、色んな弁護士の数を増やすっていうのがいたんですけど、失敗しましたね。

訴訟が増えないんですよ。良い事でしたね。日本に訴訟はいらないんですよ。

全員参加で他人のために

それで、私もこのブログで言ったように全員参加で、日本は全員参加なんですね。

誰かがやれば良いなんて考えないんですよ。

「私がやります」と、どんなに偉くても私が路地の埃を掃きますと。

みんなでやっていくんですと。バーベキューでも何でも自分でやるんですと。

他人の為にものをするんですと。自分の為にするんじゃないんだ。

これは、科学的な面で全員参加と他人の為にというのは、我々が5億5千万年前に多細胞生物になって、しばらく2億年ぐらい経ちますと、多細胞生物一個、私一人では幸福に生きる事ができないというのが分かって、群れというのを作ったわけですね。

日本で言えば、集団ですね。

集団の為に生活をする。つまり全員参加ですよ。集団の為に自分が死ぬ。特攻隊ですね。これが正しいんですね。

私達は日頃から集団の中にあって、集団から生かして頂いてるんですよ、本当に。

お米を食べる時はお米を作った人。魚を食べる時は魚を作った人。自動車に乗る時には自動車会社。運転手さん。

そういう人達がいなくて、私達はどうしてちゃんとした生活ができるんでしょうかね。

電車に乗れば運転手さん。電車の整備をしてる人。と一緒に生きてるわけですよ。

学生の中でよく、私の教えてるような技術系の男子学生なんていうのは「嫌だ先生、俺は一人で生きたい」「うんいいよ」って僕は言うんですよ。

「何か無人島とか野原か何かに行って一人で生活したら?」

しばらく経ったらその学生が、いや学生というのは良いんですよ、男の子がちょっと大きくなっただけですから、まだ純情なんですよ。カーッとなったらそう言いますけどね、しばらく経つと「僕はやっぱり寂しいから今のままで我慢します」「そうだろう」とこう言うわけですね。

統計的にも他人のために行動した人が長寿なんですね。

昔から坊主と先生は長寿だと言いますが、坊主が居なくなるとお経を上げてくれる人がいないので、みんなが「お坊さんもう少し長生きしてくださいね。」

先生が居なくなると子供を教育してくれる人が居なくなるといけない「先生お元気で」というわけですね。

だからお坊さんと先生は長生きなんです。

つまり、他人の為に働く、他人が本人に対して感謝の目で見る。

これが長寿なんですね。当たり前ですよ。

だって、私なんかもいつも思うんですけど、私に生きてる価値があるかったらないんですよ。私自身には生きてる価値はありません。

もしも、私が他の人の為に良い事をすれば、他の人が私の健康を心配してくれる。故に私は少し健康になる。そういう順序ですからね。

それが、私達が群れを成してる。東京都なんていうのは凄い群れですからね。

東京都の中で生活をしている。岩手県の中で生活している。香川県の中で生活しているっていうのがそれですからね。

それにはやっぱり大切なのは、誠と礼儀と恩なんでしょうね。

今日実は少し移動しましたんですが、その時に小金を求めて嘘をつくっていう人に会ったんですよ、実は。

「あなたそれ嘘じゃないですか?」と僕が言ったんですよね、その彼に。

そしたら彼は絶対に譲らないんです。それはどうしてかったら、会社にそう言えと言われてるんですね。

誠よりか小銭だっていうんですよ。こういう風に言うと非難されるとか損するから、こう言えって言われてるんですよ。

だから僕が「いやそれあなた嘘をついてるんじゃないですか、ホントですか?」

「ホントですか?」という私の質問にはやっぱり心が咎めて「ホントです」とは言わないんですよ。同じ事を繰り返すんです。

それで私が「いやいや、あなたそれはもう分かってるんです私。ホントの事を話して下さい。あなたの言ってる事は嘘であるとあなた自身もご存じでしょ?ホントの事を言って下さい。」

ちょっとそれで5分ぐらい揉めましたけどね。

私たちの幸福を子孫にも!

やっぱり、小銭と誠を比べて小銭を選んだっていうのが、今のテレビ局ですよ。

年収が1800万もある。この小銭を守りたいんですね。

ですから、もう気象予報は激しい雨だの何だの言う。

それからもちろん、雨は激しいんですけど、夏の雨としては普通のものだと。

コロナも本当にこう、コロナに罹った人がたった5万人。

たった5万人というのは、日本の風邪というのは1年に4000千万人ですからね、なんたって。

それを脅しに脅して、まあ小銭を稼ぎたい小銭を守りたい。

これは日本人の姿ではないんですよ。

だから、日本人は不幸になるでしょうね。

だけど、私達の今の幸福っていうのは、私達の祖先がずっと作って下さったこの誠と礼儀と恩という柱でできたものなんですね。

そこで、川の渡しがあり、宿の女中がいたんですよ。

それが、私達の幸福をもたらしてるわけですね。

それを私達は子供達、孫達、子孫にも繋いでいきたいと思う。これはヒバリ思想でできる。

私達1人1人が誠を発揮し、礼儀正しく恩を感じる事ができる、そしたら私達は宿の女中になれる。

そしたら、私達の子供達は世界で稀な国で幸福な人生を送る事ができる。

そういう風に思います。

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