ヒバリ10:全員参加の日本、支配層の他国

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ヒバリ10:全員参加の日本、支配層の他国

日本の3本柱 天皇、神、男女

日本は、実は社会に3本の柱があって、それでこの2000年間やってきたわけですね。

私達の今の日本人の幸福っていうのは、やっぱりこの3本柱によるんだと思うんですね。

1つは、支配層。

支配という概念とも少し違うんですけれども、天皇お一人が神の子孫で、天皇イコール国民と。

従って、天皇が指名される、今で言えば内閣総理大臣、昔で言えば太政大臣とか征夷大将軍というのは、国民よりか地位が低いという事で、1人の奴隷も出さすに、奴隷の売買とかそういうものがなく、日本というのは形成された。これはまあ大変なものですね。

それから、日本という国の中に住んでるんだという意識があって、日本は2000年前に国が出来ましたけれども、次に国が出来たのはナポレオンの時の1800年のフランスですから、随分違いますね。

もう1つは神様。

日本以外の国の神様というのは、誰かお釈迦様とかイエス・キリストとかムハンマドとかいう方がおられて、その方を神と崇める、もしくはお父さんを神と崇めるというような形式なんですが。

日本の場合は、神というのは”自分とか家族を作った人達”、”作ったもの”ですね、ですから、第一に自然、お天道様の下ではウソはつかない、もちろん、お天道様が居なければ太陽がいなければ我々は寒くて死んじゃいますからね。

それから、海、山、川、動物、こういった自然を遍く崇拝したわけですね。

それから、もう1つは自分達の祖先ですね。

祖先というのは、自分の親は2人、親の親は4人、親の親の親は8人、16、32、64ともの凄い勢いで祖先というのは増えますので、日本人は全員同じ祖先を持ってるんだ、全員が兄弟だという認識がありまして、特に祖先の場合は恨みを持って不幸に亡くなった人の怨霊を緩くするという事ですね。

まあ、そういう事を中心として、自然と祖先を敬ったわけですね。

だから別に多神教でも一神教でもないんですね。

多神教とか一神教というのは、日本における神の概念の一つ古い形であって、日本が古いんじゃないんですね。これは宗教学者で間違ってる人もいるんですが。

それから、もう一つは男女。男女を別の物と考えたんですね。

ヨーロッパは”男が女を所有する”という所から出発しております。しかし、日本は”男性は男性、女性は女性、それぞれ性格の違う人類である。”

したがって、性格も何もかも違うので、別に男女平等なんて概念はないんですよね。

平等にする必要はないんですよ。どっちが上か下かという事を考える必要もない。男は男の幸福、女は女の幸福というのを追求すれば良いんだと。

その結果:国家、全員参加

この3本柱を中心としますと、まず国家ができた、だから日本人はいつも国が自分を助けてくれる、また国としては国が蒙古の襲来を守る、まあこういう事ですね。

もう1つ非常に大きいのは”全員参加”って事なんですね。

天皇陛下も仕事がある。国民もそれぞれ仕事がある。百姓は百姓、商人は商人、武士は武士で仕事がある。それを日本全体の為に少しずつやるんですね。

他の国は「支配層と被支配」

他の国は実はここは全く違うんですが、支配層と被支配層ですからね。

例えば今の中国ですと、8000万人いる共産党員が支配層で、残りの15億人の共産党員じゃない人達が被支配層ですね。

それからアメリカですと、1%の金持ちが支配層で50%の富を持ってるって言いますからね。残りが被支配層だ。

もちろん昔はベルサイユ宮殿を持っているブルボン家が支配層で、国民が被支配層。

それは、江戸の終わりから明治の初めにヨーロッパ・アメリカから来た人達がもう愕然とするんですよ、日本に来て。

いや、もう大名の屋敷に行ったらみんな貧弱だと。ところが、農民の部落に行くとみんなニコニコしてると。これはどうした事かと訝るんですけど、これが日本では支配層と被支配層がいなかったわけですね。

あえて言えば天皇陛下お一人だけが支配層なんですけど、天皇陛下は自分の子供は国民だと言ってますから、これが支配層かどうか分からないわけですね。

天皇陛下が任命された人達はもちろん国民よりか下ですからね。

男女も共同、個と集団の調和

そうすると、どういう事になるかっていうと、男女も共同して一生懸命働くんですよ。

別に今の夫婦みたいに男が働いた女が働いたどっちが働いて損得だとか、台所がどっちがやったとかそういうケチな事は何にもやんないんですね。

結婚したら愛し合ってる男と女だから、一致協力して得意な分野をやり、才能を生かし、幸福な家庭を作るっていう風に考える、これが日本の考えなんですね。

全然、悪くないと思いますけどね。

その時に、なんか男が粗暴で女を叩いてやらせるとか、女が口が達者で男がいたたまれなくなって、しょうがないからやるっていうのが間違ってる、それはやり方が間違ってるんであって、根本が間違ってるわけじゃないんですね。

それから、個と集団もそうですね。

ヨーロッパの個と集団というのは、特にキリスト教の中世の歴史がありますから、ちょっと極端なんですが、個を重視しすぎるんですけど、日本の場合は、集団が幸福なら個人も幸福であるという調和なんですね。

集団が幸福なら個は幸福である、だから個を犠牲にするという事でもないし、集団を無視する事でもない。個人も集団も大切だって事なんですね。これは当たり前ですよね。

どっちが上とかどっちが先なんていうのは、もうリベラルの頭の悪い人達が言う事ですね。

全員が働く、均等分配

それから全員が働くんですよ。これは日本国憲法に無理矢理日本人が入れたものですね。勤労の義務。

全員が働くんだ、我々は全員が米を食べなきゃなんない。じゃあ米は本当は全員が作るんだ。お百姓様ありがとうって事なんだ。だけども、全員が百姓になるわけにもいかないので、お米を作る人もいるし、洋服を縫う人もいるし、電車を走らせる人もいる。

だけど、全員が働くんだ、という事ですね。

これは、東南アジアに会社で派遣されて行った日本人の課長さんとか部長さんの奥さんが、東南アジアでは必ず日本人ぐらいの給料が高ければ、必ず現地もしくはフィリピンなんかのメイドを雇うわけですね。日本人も雇うんですけど。

だけど、そのメイドを雇った奥さんが掃除をしたり、特にトイレの掃除をしたりしてると、メイドはやる事がなくなっちゃうんですよ。

だけども、やっぱり日本人の奥さんはちゃんと家庭の事を働くんですよ。

それは、全員が働かなきゃなんないという意識があるからなんですね。

会社でもそうですよ。

日本だけに住んでいる人は分からないんですが、外国に行きますと、支配層の人達はふんぞり返ってるだけなんですよ。アゴで人を使ってるだけなんですね。

支配層と被支配層がありますから。

だけど日本人は事務所にいたら、社長さんも部長さんもヒラも一生懸命働いてるんです。役割は分担しますがね。

できるだけ、均等に分配するんですね。

高度成長時代に私は会社におりましたけれども、ヒラの従業員の年間の給料を1とすると、課長1.2、部長1.6という上限がありました。

大変にもほとんど平等と言っても良い世界ですね。

今みたいに一番給料の最頻度といいますか、一番多いところが360万で、それに対して誰彼という人が1億円貰うとか、ゴーンが14億貰うとかそんな事は日本じゃないんですよ、そんな事は。

まあ、精々300万と500万とか。500万とギリギリ1000万ぐらいの差はある。これは、人間に競争心がありますし、向上心がありますから、適切な範囲ですよね。

1に対して2倍ぐらいまでは良いよと。3倍ぐらいまでは良いかもしれませんけど、精々そんなもんなんですね。

役割はあるが全員幸福

均等分配。その結果、役割はあるけれども全員幸福である。

この役割っていうのは、これもまたヨーロッパ・アメリカと違いますね。

日本の会社は従業員の為にあるんですよ。

従業員が幸福になるように役員が取締役が頑張って、出資者もそれに頑張るんですよ。株主も。

ところが、アメリカ・ヨーロッパは支配と被支配ですからね、だから株主総会が全権を持ってて、株主が社員を所有すると考えるわけですよ。

私は役員会でこういう経験をした事があるんですね。

何だかウチの会社に金貸してる銀行が来て「株主をもっと大切にしろ」って言うんですよ。

「金を出してる人が一番大切だ」って言うんですよ。

それで僕が言ったんですよ。

「ウチの会社は従業員の為の会社で、株主の方もお金を出してくれる方も大変に感謝してるけど、ウチの会社はそうではないんです。」

したら「商法に反する」って言うから「それは商法を改正せんといかんのです」と。

「日本の商法はアメリカの真似をして作ったからダメなんです」と。

「日本の商法を作り変えて、日本というのは全部が、天皇から宗教から男女から社会から全てが日本人の為にあるんですから、株主の為なんかありませんよ。株主の為なんか言ってるとアメリカみたいに支配層と被支配層と出来ちゃいますよ。」と。

日本が世界で一番強かったんですよね。

戦争をしてもモンゴルを破り、ロシアを破りってやってきたわけですね。

産業でも”ジャパン・アズ・ナンバーワン”と言われたわけですよ。

文化も薫ってたわけですよ。

何故か、それは全員参加の国だったからですよ。

それは全員参加の国とですね、支配層が良い所を取って、被支配層が恨みを持ちながら仕事をするっていうんじゃ全然違いますからね。

日本は全員が喜びながら仕事をしたんですよ。

ええ、ですから、いわゆる共産主義っていうのは日本で最初に成立したんですよ。今から2000年ぐらい前に。

今の共産主義っていうのは人殺しをする主義ですから、これは全然話になりませんね。

ですから、日本人はもっと全員参加思想、何でも全員参加思想。

まあちょっとコロナウイルスの対策は全員参加が行き過ぎた例ですけどね。完全に行き過ぎてるけど、たまにはちょっと行き過ぎるという所はあって、それは日本人としては反省しなきゃいけないと思いますが、その他はやっぱり全員参加ですよ。

人間なんていうのはどの人も同じなんですから。

大体、この前環境大臣みたいな人が「国民の環境意識を増大させる為にレジ袋を有料化する?」アホ言うなっていうんですよ(笑)

あと、その環境大臣は年間収入が凄く多いんですよ。

収入が多くて環境に貢献してる人は一人もいませんよ?

だって、年に1億円を使う人と300万円を使う人と、どっちが物質を多く使うかったら、1億円使う人が多く使うんですよ。300倍か30倍か?

ですから、話になんないんですよ。ウソを言っているわけですよ。

市役所にも僕はいつも言うんですよ。

「よく、市民の環境意識を向上させるって言うけど、ホントにそうですか?市民の方が環境意識が本当に市役所よりか低いんですか?何を言ってるんですか?環境っていうのは、人々が楽しんで、かつ地球環境を守るって事であって、全員が貧乏なら市役所の人の賃金を年間100万にしたらどうですか?」

こう言うわけですよ。

まあ、日本の全員参加の思想は良いですねぇ。

是非、会社でもどこでもこの”ヒバリブログ”を読んでいる人は”全員参加思想”、自分が幸福だから幸福になれるわけじゃない、日本全体が幸福なら幸福になれるという考えですね。

相手が幸福なら自分も幸福になれる。相手を非難したら自分も幸福になれない。

そういう事だと私は思います。

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